「時に、風導のまま」(阿部栞)
空の色が変わる頃、ヒグラシの声が聞こえた。
昼間の刺すような太陽も、徐々に穏やかな顔つきに変わる。
とはいえ、雲の隙間から垣間見えるその姿に、まだ愛用の傘が手放せないなと手元に力がこもる。
時折真横を通る風も、気付けば熱風から温風に変わっていた。
決して涼しくはない生温いだけの風なのに、どこか心地良さを感じる。
電源を入れ目に留まるのは、日に日に数を増す数字。必ずと言っていいほど、毎日耳にする単語。
「…またか」。脳裏によぎる独り言に、慣れとは恐ろしいものだと我ながら思う。
同時に、学校のチャイムを聞いていたあの頃が、いかに平和だったかと改めて思い知らされる。
時代も人も変わる。それでも時間は変わらない。
今の世は、本当に目まぐるしくなった。
嘘と真実が入り乱れあふれ返る膨大な情報の宝庫は、ゼロコンマ数秒の世界で追加と削除を繰り返し塗り替えられ、とどまることなく進化し続ける。
その便利さは、使いこなせれば知識として強固な武器となるが、見誤れば振り回され踊らされる。
常に張り詰めながら過ごさなければならない時代だからこそ、ふとした休息が必要なのだと私は思う。
空を見上げてみようか∞目をつむり、自然に耳を傾けてみようか=B
ほんの数秒でも構わない。肩の力を抜き、深呼吸をして流れに身を任せることで感覚が研ぎ澄まされる。
例えばそう、自ら舵を切らず、その帆を風が導くままに委ねるように。
終始力強く握り締めたままでは変則的な事態に見舞われた時、とっさに舵を切れない。
懸命になり過ぎて視野が狭くなっては大切なモノも見落としてしまう。
必要なメッセージというのはさまざまなカタチで日常の中に散りばめられているのだ。
今一度、見渡してみてほしい。いつもそばにある、忘れかけていた当たり前の風景を。
ほら、空は一色じゃないないんだよ。
そろそろ宵の時間だ。
遠くでは今日も、セミの音が響いている。
さて…。あなたが最後に空を見上げたのは、いつですか?
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