「漁の合間に」(佐藤千代)
10月初めの頃のことである。 月曜日の午前中にお届けする「千代'sセレクション」という音楽の時間がある。 その朝、いつものように駐車場から徒歩で通りへ出ると、歩道にかぶさるようにエノコログサがこうべを垂れている。その傍らには雨降り草も…(この草の本当の名前を私は知らない)。それらを見つめながら歩いていると次から次へと幼い時に歌った童謡が頭の中に浮かんでくる。そうだ、今日の千代'sセレクションは童謡にしようと心に決めた。 綾野ひびきさんの透明感のある美しい歌声と高い歌唱力に裏付けされた童謡を3曲、お届けした。何の理屈もなく、ただ全身でその音楽の中に浸っている安心感に包まれて、その日の仕事を終えることができた。 帰る途中、携帯電話をのぞくと友人からショートメールが入っていた。 「次の漁の待ち時間、特に夜なんか口から出るのは童謡なんだよなって言った、若くして逝った兄を思い出しながら聞いていました」とのこと。なぜこんなに意義深いメールをラジオ曲宛てにくれないのと残念に思いつつも、私の友人たちはほとんどが私個人にメールやリクエストをくれるのである。 友人の生家は漁業をなりわいとしていた。男兄弟が多く、必然的に兄弟は成長すると持ち船操業の担い手となる。長兄が取り仕切る船上では、他の乗組員への手前、どうしても血のつながっている弟たちへの対応は厳しいものとなったに違いない。引き揚げた漁獲量次第では何度も網の投入が繰り返された。次の網揚げを待つ間、漆黒の夜空に瞬く星を見つめながら10代、20代の若者たちはどんな童謡を口ずさんだのだろうか? それとも遠くに見える街の明かりに背を向けて悔しさを童謡にまぎらわせたのだろうか? 来るはずのない返事を探すメールであった。